•Nature
1)動脈硬化
神経免疫・心臓血管インターフェースはアテローム性動脈硬化症を制御する(Neuroimmune cardiovascular interfaces control atherosclerosis)
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ドイツMunichのLudwig Maximilians大学(
Googleマップ)を中心とする研究である。Munichに西野流呼吸法を指導に訪れ,市内観光バスでその横を通り,時々Nature論文が出る大学を眺めた。本論文は投稿が20年2月,受理が22年1月末,2年に及ぶrevise戦跡はExtendedデータの豊富さからも理解できる。
その査読の長い期間が象徴する,新しい医学の幕開けを感じる論文である。21世紀医学の研究展開はこういう方法論が使えて,pathogenesisを解明し,やがて新しい治療の方向が見える。全身をmonitorする免疫系と神経系は局所でいかにネットワークを形成するのか? そしてそれはどうCNS(旧脳領域であるが)に連携しているか?
この論文への関心のもう1点は筆者自身に右頸動脈閉塞があるからである。10年前東北大学退職後赴任した宮城県南中核病院でOpen Hospitalを企画し,当日自身も超音波検診のモデルとなった。担当検査職員の顔が曇った。以来10年,フォローを受けるが幸いstableである。検診データは吟味していて,高コレステロール血症などなかった。なぜplaqueは形成されたのか? 当時不明だったpathogenesisがこの論文で明らかにされている。本論文はAASJでも紹介されている(
リンク)。
神経系と血管系,免疫系は必ず相互連携が存在するはずだが,こうした領域に疎い人間には,21世紀に入っての展開がintroductionの引用文献(
リンク),あるいはNews & Views解説(
リンク)の文献(
リンク)で理解できる。後者の神経・免疫相関の総説のBox1,Box2がよい。またPlaque,血管内膜,そしてこの論文が取り上げるNICI(neuroimmune cardiovascular interfaces)の概念図も先に見ておく方がいい(
Fig.1h)。図には本研究の注目の場となるATLOs(artery tertiary lymphoid organs)も示されている。
著者らはまずPlaque形成部血管外側adventitiaにNF 200(neurofilament 200,
Wiki)陽性の神経軸索を見出す点から話が始まる。マウスモデルはApoe
-/-(
Wiki,高脂肪食投与で高コレステロール血症。したがってPlaque形成モデル)である。この神経軸索頻度はWT/Apoe
-/- without plaque/Apoe
-/- with plaque no ATLO/Apoe
-/- with plaque and ATLOの順で多くなる(Fig.1a)。これらはTH(tyrosine hydroxylase)/CGRP(calcitonin gene-related peptide)/TRPV1(transient receptor potential vanilloid 1)等でも染まる。ここには神経端末特異蛋白も染まる。それら端末はinfiltrating leukocytesと近接距離で,neuro-adipocyte junctions的構造を形成すると述べている(加えておそらく査読者からの要求か? これらの神経系での発現遺伝子はGEO(gene expression omnibus)と自身のデータで検討している)。
面白いのはApoe
-/-マウス動脈では広域にaxon neogenesisが見られる。しかし顕著であるのはプラーク形成部である。これらの末梢神経軸索は近傍のcoeliac ganglia(CGs)やsympathetic chain ganglion(SycGs)から伸びている(
Fig.2f)。またこうしたplaque近傍のadventitiaでの神経伸展はヒトの手術検体でも確認している。
ここからはPlaque siteの炎症が実はさらに中枢側に拡大しているという追跡を,軸索を逆行性染色するPRV-Bartha(neurotropic retrograde migrating pseudorabies virus)染色で示している。
この研究は新しい領域であるので新造語が多い。以下に述べるように血管・神経連携をABC(structural artery-brain circuit)と概念化している。それを次に解説する。
まずPRVをATLOに注入すると,4,5,6日と時間経過を追って染色がCGs,SycGsへと広がって行く(
Fig.3)。そしてMouse Brain Atlasを参考にすれば,さらに中枢の扁桃核,迷走神経核等につながる(Fig.3m,ABC sensor)。
これらの経路が実際に活性化されている事はFos染色をして脊髄,延髄,視床下部などで確認している(Fig.3h~e)。一方,中枢からPlaque部への経路も示されている(Fig.3n,ABC effector)。
ではこれら経路を実際に神経切断すれば,どう変化するのか?
著者らはSNS denervation(6-OHDA,6-hydroxy dopamine)やCGX(coeliac ganglionectomy)で超音波画像計測によりATLO縮小を示している(
Fig.4)。こうした気が遠くなるような膨大な研究が,Munich観光バスから眺めたLudwig Maximilians大学で行われていたのだ。
Discussionで述べられている点で面白いのは,Plaque治療法の可能性の探索はもちろんだが,かかる生体内新生構造のinterceptionとそのsurveyはどうなっているのか? という関心が湧く。著者らは悪性新生物と神経の先行研究を引用している(
リンク,
図リンク)。
こうした末梢感覚神経系の解析論文を最近よく目にする。その意味は20世紀臓器医学とは違う全身体の間質構造までを場とした,未開分野である織り込まれた(preformed),あるいはinnateといわれるレベルでの生体防御系の詳細な実態・関連病態解明が,21世紀前半の医学研究展開になりそうだと理解される。
•Cell
1)2021 Review
加齢肺:その生理学,疾患,免疫(The aging lung: Physiology, disease, and immunity) |
今週のScience誌論文に関心を引くものがなかったので,最近遅れて気づいた1年前のCell誌のReview(
Open access)を紹介したい。タイトルのThe aging lungに惹かれた。
30頁,7図表をあわせ以下のような項目が並んでいる。米国Bostonのグループからで,全体がポイントよく書いてある。呼吸器科医として一読した方が良いと考えた。
Introductionにあるように,米国でさえもう10年,2034年には子供の数より老人の数が多くなる。世界で見れば65歳以上が,現在の6億2000万人から2050年には20億を越え,5人に1人となる予想である。こうした観点から,慢性加齢性疾患の多い呼吸器領域はaging lungを考えざるを得ない。
INTRODUCTION
CELLULAR CHANGES IN THE AGING LUNG
Respiratory epithelium/Lung progenitor cells/Pulmonary immune cells/Interstitial compartment
CELLULAR STRESS RESPONSE IN THE AGING LUNG
Proteostasis in the aging lung/Mitochondrial dysregulation in the aging lung/Metabolic adaptations in the aging lung/Oxidative stress in the aging lung/Cellular senescence in the aging lung/
AGE-RELATED PULMONARY DISEASE
Age-related physiologic changes in the respiratory system/COPD in the aged lung/Pulmonary fibrosis and aging
PULMONARY IMMUNITY AND AGING
Inflammaging/Innate immune response in aged lungs/Adaptive immune response in aged lungs/Lung cancer, immunotherapy, and aging/Respiratory infections in elderly adults/COVID-19 in the elderly population
CONCLUDING REMARKS
この総説の中で自分の関心領域として,pulmonary fibrosis and aging とCOVID-19 in elderly populationは目を通した。議論は十分面白く,歴史経過もよく把握されているが,本質論でlargely unknownが多すぎる。著者らも指摘しているとおり,2015年以降,scRNAseqによる細胞群の遺伝子発現差評価は強力な方法論である。aging差を把握する目的で手術摘出肺を用い,50歳と80歳の肺の多様な領域の比較(同一個体のリンパ節・骨髄等も含め)検討はできないか? まずは100~150週齢加齢マウスのデータが先か?
一方,COVID-19での高齢者の過剰な死亡はコロナ禍での大きな課題である。なぜ若年者と差が出るのか? 自身が老化し75歳になり始めて気づく変化が多い。その1つが修復能の低下である。傷が本当に治らない。恐らく肺炎,肺損傷の修復は遅延する。
過去の東北大での研究で臨床に戻せなかったものとしてHGFがある。長期使用ではc-Metのリガンドとして癌細胞増殖の問題がある。しかしICUでの1カ月程度の短期使用としてならば修復促進の臨床応用は可能ではないか? 後進の先生方の関心,健闘に期待したい。
•NEJM
1)バリシチニブ
円形脱毛症に対するバリシチニブの2件の第III相試験(Two phase 3 trials of baricitinib for alopecia areata) |
今週号には,重症COVID-19治療薬として話題になったJAK(ヤーヌスキナーゼ,
Wiki)阻害薬baricitinibの円形脱毛症への第III相臨床試験の成績が報告されている。日本からは慶応大学が参加している。
これを紹介する上でいくつかの予習。Alopecia areataに関しては医学生以来初めて皮膚科教科書に戻る。約80%がアトピー性素因,自己免疫系疾患の背景ありと。若年発症が多いが,米国で生涯罹患は1.5%とやや高い。60%が自然寛解。現状ではステロイド他抗免疫療法で対応。
JAKはchemokine受容体細胞内ドメイン近傍でのSTATリン酸化で2量体として核移行シグナル伝達(
Wiki)を行う。したがって阻害薬は広範囲な抗免疫効果が期待される。
阻害薬baricitinibはJAK1/JAK2阻害効果でIC50が10nM以下と強い。Eli Lilly社(オルミエント)として重症関節リウマチに承認。COVID-19ではレムデシビルとの併用で重症例に2021年4月日本で承認(TJHでは
#136,
#153,
#155で紹介している)。また円形脱毛症に関してはJAK阻害薬使用に関して,先行する症例報告がなされている。
さて本試験はSALT(Severity of Alopecia Tool)scoreが50%以上をenrollして,36週でのSALT score 20%以下を主要評価項目とした。BRAVE-AA1(654例),BRAVE-AA2(546例)のtwinの第III相臨床試験である。結果は主要項目では,BRAVE-AA1は経口baricitinib 4mg,2mg,プラセボでの評価が38.8%,22.8%,6.2%であり,BRAVE-AA2ではそれぞれ35.9%,19.4%,3.3%で両dose共にplaceboに対して有意であった(
Fig.1)。しかし副評価項目では2 mgでは有意でないものが見られた(
Table 2)。AEとしては感染症はもちろんacne,クレアチンキナーゼ高値,コレステロール高値が挙げられている。Discussionでは長期の効果・安全性のために現在臨床試験実施中で200週まで追跡の予定という。難治性の円形脱毛症に対しての臨床成績としては期待されるが,長期間使用のAEが案じられる。
今週の写真:2020年5月連休,仙台・泉が岳登山,萌える唐松林。唐松林は四季それぞれに美しい。
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(貫和敏博)