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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 174

公開日:2022.1.13


今週のジャーナル

Nature  Vol. 600, Issue 78902021年12月23日)日本語版 英語版

Science Vol. 375, Issue 6576(2022年1月7日)英語版

NEJM Vol.386 No.1(2022年1月6日)日本語版 英語版








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染色体病「がん」の姿-ecDNA hubとは?/心筋線維症へのin vivo CAR-T療法-mRNAワクチンの次は?/炎症でも感染症でも惹起されるconfusion

謹賀新年


 2022年の最初の号となります。
 この2年間,世界はコロナに翻弄されている。最近のオミクロン株の感染能も凄ましいの一言である。しかし一方,着実な進展としてmRNAワクチンの実効性が現在の生物科学の底力を示した。
 新年にあたり,TJH#0に示した初心を再度確認しておきたい。
 それはTJHで紹介する論文から,次の臨床に来るものをどこまで示唆できるか?である。
 本年後期高齢者となる筆者にとって(いったいいつまでやるの?),この50年超の生物科学の進歩を眺望すると,ただただその進展の「高速性」に驚くばかりである。
 1970年,東京大学医学部栄養学教室に学部学生として実験参加させてもらったのは,蛋白化学である酵素学(牛松果体よりのtryptophan 5 hydroxylase精製)であった。1984年,米国NHLBIに留学し,組み換えDNA技術,遺伝子cloningをあちこちのlabに顔を出しながら身につけた。1993年,東北大学に赴任した後は呼吸器内科の教室ながら,molecular biologyを基礎領域として展開した。
 しかし2003年,全ゲノムが読了されると,助走のような10年を経て2015年前後より生物科学の爆発的加速が始まった実感がある。一方で実臨床への応用も信じられない展開が続いている。
 TJHは2週の正月休みをもらったが,Nature誌,23/30 Dec合同号には,2021年科学界話題の10人(p.591~)が挙げられている。TJH#158で紹介した蛋白質立体構造AI予想(Alpha Fold2)のJohn Jumperも取り上げられている。Images of the Yearを眺めているとDRGのganglion細胞写真(リンク)がある。ウワー,こんなに神経線維を送り出すんだ!
 今週はコロナの話題を離れて,新しい方向の論文も紹介したい。


•Nature

1)癌

ecDNAハブは協調的な分子間癌遺伝子発現を促す(ecDNA hubs drive cooperative intermolecular oncogene expression

 悪性腫瘍(癌)は,臨床的には専門臓器領域で対応されるが,細胞学的には「染色体病」ともいえる。塩基変異集積のみならず,染色体構造自体が異常となり,細胞生存プログラムの情報システムが崩壊していく。一方で細胞死という安全弁が次々と壊れ,異常に生存を続けるゾンビのような独立組織的存在でもある。
 こうした染色体破断/融合の機序は,TJH#93で細胞分裂時の力学的要因BFB(breakage fusion bridge)を取り上げ論文紹介した。断片化現象,chromothripsisは2011年の論文(リンク)での造語(chromosome+thripsis)であるが,いかにこのecDNA(extrachromosomal DNA)がアンプリコンとして形成されるかは,TJH#136で紹介している。
 今回取り上げる米国Stanford大学等のグループからの論文は,このecDNAがさらにecDNA hub(核内に10~100 ecDNA集合体)として存在し,BET(bromodomain and extraterminal)ドメイン蛋白(Wiki)を介して,MYC等oncogeneを高発現し,悪性度を高めているかが解析されている。
 すなわち当初は染色体病として,まず分断小染色体コピー数の多さに気付かれたものが,その染色体断片構造中のenhancerや複雑なtrans方向からも発現増強等の機能面の解析がなされるようになってきたといえる。
 研究グループはまず,細胞内のecDNAがどう存在しているかを,4種の癌細胞株,PC3(前立腺癌,MYC),COLO320-DM(double minute)(大腸癌,MYC),HK359(glioblastoma,MYC+EGFR),SNU18(胃癌,MYC+FGFR2)を染色して示している(Fig.1:最近の論文はデータ量が多く,Fig.1の写真も拡大しないと緑色のMYCのdotsがはっきりと見えない)。そして実際に遺伝子発現のレベルをnascent RNA FISHで示し,単にecDNA数のみならず,機能も活発であることが示されている(Fig.1d)。
 次にecDNAがhub形成する背景を,以前から注目されていたBETドメイン蛋白の実際で示す。BETドメイン蛋白はhistone code〔ヒストン・テールの修飾(メチル化やアセチル化など)の塩基位置番号(Wiki)〕,ここではH3 acetylation at Lys27(H3K27ac)とBET蛋白の1つBRD4などのsuper enhancerに並んで,MYCが存在する。こうした機能をTet Operatorを導入して視覚化したものがFig.2aである。このBET蛋白質によるhub構造を,その阻害薬JQ1(Wiki)を用いるとバラバラになる形態と実際の遺伝子発現低下が示されている(Fg.2c,e)。


 研究グループはすでにMYCとの関連が明らかであったlnc RNA(long non coding RNA)の1つ,PVT1がMYCとともにecDNAのenhancerを駆動することを示す(Fig.3)。MYCとPVT1は第8染色体で相隣の遺伝子(Fig.2b)だが,PVT1がMYCのexon 2以降とfusion(Fig.3a)して高効率に発現する。染色体構造上の位置とtranslocationの結果がCOLO320にとって都合の良いecDNAとなったことがわかる。これはMYCの発現のみならず,hubに集まる他のecDNA由来oncogene発現にもさらに増強関与する。
 最後に,胃癌株SNU16を取り上げ,ecDNA hubに集積するMYCとFGFR2のintermolecular制御を検討している。その結果は,相離れた2つのecDNA中のMYCとFGFR2遺伝子発現が,相互に発現増強をも来すことが示された(Fig.4d)。
 以上,当初は単なるcopy数増加の異常だと考えられてものが,実際には近隣の遺伝子を有利に取り込んだecDNAや,まったく別のoncogeneよりのecDNAが,BETドメイン蛋白をまるで糊のように介して巨大なecDNA hubで細胞生存に有利な遺伝子発現を増強するというenhancer機能を駆使する,まったく「ゾンビ」のような染色体異常であることが理解できる(Fig.4iの概念図がわかりやすい)。さらに重要なことはかかる癌細胞株がまれでなく,他にも多く存在する事実である。臨床的には癌免疫治療,細胞死誘導等の開発へのさらなるドライブが必要となる。なおAASJでも昨年取り上げられている(リンク)。

•Science

1)新規治療

心臓損傷治療のためのin vivo産生されたCAR-T細胞(CAR-T cells produced in vivo to treat cardiac injury

 POC(proof of concept)的治療ではあるが,CAR(chimeric antigen receptor)T細胞療法が臨床において,血液腫瘍を中心に有効性が報告されるようになってきた。
 しかしnon cancer領域にまでこの治療法が拡大できるか? 以前(2020年7月)TJH#103でSenolytic CAR-T療法を紹介した。今回の論文はやはりnon cancer領域の心筋線維化へのCAR-T療法である。


 米国Pennsylvania大学のグループからである。実はこのグループは2019年9月にNature誌にCAR-T療法として先行報告している(リンク)。3年を経て,今度はCAR-T療法をすべてin vivoで行う動物モデルを今回報告している。その方法,LNP(lipid nanoparticles)に修飾mRNAとしたCAR-T constructを封じて静注する。すなわち昨年日本でも対コロナ・ワクチンとして接種を受けた方法論が次の臨床展開をするのである。実際共著者にはKariko先生の2005年論文の同僚であるWeissman Dもcorresponding authorの1人である。
 この論文はPerspectivesでも紹介されており,その全体像がよくわかるが示されている。その最後には,“off-the-shelf”すなわち「いつも在庫がある(患者のT細胞やiPS細胞に遺伝子導入し,精製分離するという高額な注文生産方法ではない)」免疫療法であると述べられている。
 臨床での普及としては素晴らしいが,一体なぜその開発をしたのか? 大きな理由としてnon cancer CAR-T細胞は,一過性の発現が望ましい。またin vivo作成系では静注すると,一部脾臓のリンパ節で臨床効果のある程度のCAR-T細胞が生じるなどの背景解析があるようである。


 以下,ポイントを簡潔に紹介する:
●まずは,Weissman先生の記述と思われる。1-methylpseudouridine等を使用し,translation効率もよくした修飾mRNA constructの説明。LNP mRNAは細胞にuptakeされた後,endosomeを離れ,細胞質内で一過性に翻訳される(Fig.1)。当然T細胞にspecificにuptakeされるための工夫が必要である。それはこのグループではLNPをCD5でコーティングすることで達成している。
●CARの部分のデザイン,すなわち線維化促進の活性化線維芽細胞標的マーカー,FAP(fibroblast activation protein)に関しては,2019年のNature論文を参照。グループはこれをCD5/LNP-FAPCARと略称する。
●まずはex vivoでの検証で,マウスT細胞に対してCD5/LNP-FACARをインキュベートし,80%以上に遺伝子導入をみている(Fig.1d)。この発現は24時間後がpeakである。CD5による取り込みを,retroviral系FAPCARを陽性対照として,FAP(+)線維芽細胞killingを確認している。
●in vivoで実際にリンパ球に感染することを,CD5/LNP-Luc(luciferase construct)を用い,spleen T細胞が染まることを確認。取り込み細胞の選択性に関しては,他にもいろいろ検証している。
●高血圧性心不全モデル(先のNature論文同様,AngII/PE(angiotensin II/phenylephrine)で1週間心筋性線維化を誘発し,その後CD5/LNP-FAPCARを10ug静注する。48時間後にFAPCAR(+)T細胞は20%前後存在する(Fig.2)。その90%弱がCD4+,10%強がCD8+という。1週間すると脾臓からのFAPCAR発現は消失することを確認している。
●実は以前のNature論文でも,T細胞にはtrogocytosis現象(Wiki:暫定的に齧作用と訳)を見ている。これは実際にFAP陽性線維芽細胞を攻撃したという証拠で,spleenに戻ったT細胞でこのFAPを染色して示している(Fig.3)。
●最後に,これは先のNature誌にも示されているが,in vivoでの心筋線維化抑制が心機能的にも,また病理組織学的にも改善を来すことが示されている(Fig.4)。


 以上,修飾mRNA constructによる遺伝子治療展開はmRNAワクチン成功で予測されたが,前臨床モデルとはいえ,これだけしっかりしたデータが早くも示されたことは驚きである。今回はCD5/LNP-mRNAとして静注で,しかも一過性発現としてその効果が示された。著者達がDiscussionで述べるように”off-the-shelf”universal therapeuticの可能性には大きな期待が持たれる。

•NEJM

1)コロナ

5~11歳児におけるBNT162b2 Covid-19ワクチンの評価(Evaluation of the BNT162b2 Covid-19 vaccine in children 5 to 11 years of age

 今年の第1週号には,Pfizer社BNT162b2 mRNAワクチン5~11歳での臨床試験の論文が掲載されている。用量はPhase 1結果で10ugとして,2000人超の学童を実薬:プラセボ比2:1で評価している。日本の現状のオミクロン株感染拡大の中,Fig.3をみると,これら学童期にも感染症後遺症や,家庭内感染の学校での媒介を防ぐ意味でも,実施が望ましいように思われる(成人用の新規経口抗ウイルス薬は,学童への安全性等評価するにはさらに時間が必要となる)。


2)Clinical Problem-Solving

「錯乱状態」に困惑する(Confused about confusion

 今週のTJHでは,CAR-T療法を扱った。奇しくもClinical Problem Solving欄にCAR-T療法によるcytokine release syndromeが原因と考えられるconfusion症例が取り上げられているので紹介したい。
 患者は49歳女性。Diffuse large B cell lymphomaの再発に対し,5日前にCD19 directed CAR-T療法(axicabtagene ciloleucel)を受けた。前日まで通常会話ができたが,朝になりbradyphreniaを認め,時間と場所のオリエンテーションがない。他には発熱,消化器症状等はない。実はこの患者はタイトル通り,複雑な経過をたどる。


 CD19 CAR-T療法では,しばしばimmune effector cell-associated neurotoxicity syndromeを認めるという。CAR-T療法前処置として,leukapheresisも受け,ステロイドはじめ,抗ウイルス薬等の処方も受けている。
 しかしこの患者は,CAR-T療法に伴うneurotoxicity syndromeとの診断でdexamethasone 10mg服用し,いったん症状はほぼ改善した。しかし再度悪化後,ステロイド増量で改善。さらに1週間後confusion再発,ステロイド性精神症状として対応を受け,一端は退院した。しかし2週後緊急外来を受診,頭部MRIでswelling等変化を認め,CSFよりHHV-6陽性で,viral encephalitisの治療を受けた。


 今後,日本でもこうした非常に複雑な症例に,実際に対応することになるのだろうか?

今週の写真:

大崎八幡宮の2022年初詣風景。宮城の国宝はこの大崎八幡宮と松島,瑞巌寺。何れも伊達政宗が造営。他にも支倉使節団派遣,干拓,運河開削,江戸で終えた生涯等,他の大名にはない戦国期政宗のセンス,気宇,経営手腕が現在の仙台を築いた。

(貫和敏博)


※500文字以内で書いてください