•Nature
1)がん治療腫瘍組織の好中球フェロトーシスは抗腫瘍免疫を抑制している(Ferroptosis of tumour neutrophils causes immune suppression in cancer) |
細胞死のメカニズムの1つとして確立した概念となった
フェロトーシスががんの治療標的になりうるという報告で,ペンシルバニア大学とアストラゼネカ社らによる共同研究成果として報告されている。この論文の重要なポイントはDiscussionの「Ferroptosis has a dual role in tumours.」以降を読めばよくわかる。腫瘍におけるフェロトーシスの役割について,これまでは治療抵抗性の腫瘍細胞にはフェロトーシス誘導剤が有効と考えられてきたが,実は腫瘍抑制性好中球(PMN-myeloid-derived suppressor cells:PMN-MDSCs)におけるフェロトーシスは抗腫瘍免疫を抑制しており,腫瘍組織としてみると腫瘍細胞とそれを取り巻く腫瘍抑制性好中球ではフェロトーシスが相反する役割を持つのがわかったことである。実際に肺癌も含む複数のがん種で腫瘍組織におけるフェロトーシスの亢進は予後不良と相関しており,がん治療のためには細胞特異的なフェロトーシスの調整が必要であろうと述べられている。
AASJにも,
Nature reviews immunologyにも取り上げられている。がんにおけるフェロトーシスについては呼吸臨床で何度か扱われてきた(
No.46,
No.59,
No.91)ほか,腫瘍組織の好中球については前回の呼吸臨床でも扱われたところでもあり,是非ご参考にされたい(
No.216)。
研究者たちは腫瘍内PMN-MDSCsの網羅的遺伝子発現解析をして,ヒトでもマウスでもフェロトーシス関連遺伝子の発現が上昇しており,特に非小細胞性肺癌や頭頸部癌患者由来の末梢血と腫瘍内PMN-MDSCsでも調べて,フェロトーシス関連遺伝子が腫瘍内PMN-MDSCsで顕著に発現上昇していることを確認した。次にフェロトーシスの指標となる酸化したエタノールアミンリン脂質(アラキドン酸を含む)(AA-PEox)を調べるため,がんモデルマウス(大腸癌,肺癌,リンパ腫)から腫瘍内PMN-MDSCsを回収して質量分析で調べたところ,脾臓や骨髄由来よりも明らかにAA-PEoxが蓄積していることを見出した(
Fig.1)。さらにフェロトーシス,ネクローシス,ピロトーシス,アポトーシスの指標となるそれぞれのリン脂質を調べて腫瘍内PMN-MDSCsではフェロトーシスによる細胞死プログラムが優先的に働いていることを見出した。
ここから研究者たちは下記のメカニズムを明らかにした。
①腫瘍内PMN-MDSCsに対して,フェロトーシスを制御する実験を行った。例えば,阻害薬liproxstatin-1を用いたり,フェロトーシス関連遺伝子である
Alox12/15を好中球で欠損させたコンディショナルノックアウトマウスも使用して,フェロトーシスによって,抗原刺激による活性化T細胞が抑制されることを見出し,頭頸部癌や子宮癌患者の腫瘍組織から単離したPMN-MDSCsでも同様の現象を確認した(
Fig.2)。
②Alox12/15コンディショナルノックアウトマウスを用いて,フェロトーシス欠損による腫瘍内PMN-MDSCsへの遺伝子発現や代謝物の影響を調べたところ,補体活性化,好中球性免疫応答,単球走化性,抗原提示など古典的な好中球活性に伴う遺伝子群の発現上昇や,PGE2産生の減少も確認できた。
③フェロトーシスで集積するAA-PEoxとの関係も調べるため,脂肪酸トランスポーターSlc27a2(FATP2)のコンディショナルノックアウトマウスを用いて,フェロトーシス誘導剤RSL3で好中球を刺激してもFATP2欠損細胞ではPGE2は減少し,PEoxも集積しなくなったので,FATP2がフェロトーシス誘導に必要と考えられた。
④腫瘍内マクロファージはRSL3で処理してもフェロトーシスは起きなかったものの,PMN-MDSCsのフェロトーシスが阻害されると腫瘍内マクロファージの産生するフェロトーシス関連リン脂質やPGE2は減少したことから,PMN-MDSCsが腫瘍内マクロファージを制御している可能性も見出した。
研究者たちは,さらにフェロトーシス抑制による腫瘍縮小効果についての治療モデルの開発を試みた。最初はマウスリンパ腫と肺癌細胞の皮下移植モデルで検討し,腫瘍が100mm
2程度の広がりを占めるように十分大きくなってからフェロトーシス阻害薬liproxstatin-1を8日間投与する条件では有意な腫瘍縮小効果を認めなかったが,腫瘍内PMN-MDSCsのフェロトーシスによる抑制作用が解除されて,PGE2産生も低下する作用が確認できたので,腫瘍が触知可能になった段階で早めにliproxstatin-1投与を開始して投与期間も14日間に延ばしたところ,腫瘍の顕著な縮小効果が確認できた。さらに,マウス大腸癌細胞の移植モデルマウスでliproxstatin-1とPD-1抗体を組み合わせて投与したところ抗腫瘍効果の増強作用を認めた(
Fig.4)。それだけでなく,抗PD-1抗体が効かないとされているマウス膵臓癌モデルも用いてliproxstatin-1と抗PD-1抗体を併用したところ,有意な腫瘍縮小効果を認め,フェロトーシス阻害は免疫チェックポイント阻害薬が効きにくい腫瘍にも治療効果を期待できることもわかった。
最後にデータベースを用いて,フェロトーシス関連遺伝子の発現量で3群に分けたところ,膵臓癌患者ではフェロトーシス関連遺伝子の発現量が少ない群で生存しやすく,肺癌患者ではフェロトーシス遺伝子発現の多い群が生存しにくいことを見出した。さらに肺癌患者ではフェロトーシス関連遺伝子の発現量が低いほど免疫チェックポイント阻害薬が奏功して生存しやすいことも明らかとなった。腎臓癌,ブドウ膜悪性黒色腫,胸腺腫,低悪性度神経膠腫でもフェロトーシス関連遺伝子の発現量が多い患者では予後不良な傾向にあったとのことである。
•Sci Transl Med
1)CFTR
肺感染症における血管内皮細胞のCFTR発現消失がバリア機能と浮腫を促進し,CFTRポタンシエーターによる治療標的となる(Loss of endothelial CFTR drives barrier failure and edema formation in lung infection and can be targeted by CFTR potentiation) |
重症肺炎やARDSでは呼吸状態のコントロールが難しくなり,水分が肺の血管外に漏れて肺水腫となり,人工呼吸で陽圧をかけたり集中治療的ないろいろな最善の手を尽くした後は,細々と血管内の水分コントロールをしながら炎症が落ち着いて血管透過性が回復するのを待つしかないといった状況に直面する呼吸器専門医は多いと思う。この研究では肺炎球菌による肺炎モデルを通じて血管内皮のCFTR発現低下が血管透過性を高めて浮腫を来すことを見つけてそのメカニズムを明らかにしただけでなく,希少疾患である囊胞性線維症(CF)の治療薬として開発されてCFTRポテンシエーターとして海外で使用されている
ivacaftorがCFTRの発現を回復させ,重症肺炎に伴うARDSの治療に役立つかもしれないという驚きの内容だったので紹介することにした。IvacaftorはもともとG551DというCFTR変異に有効な薬剤として注目されたが,現在ではそれ以外の変異にも有効な変異が多く見つかっており,CFTRに結合してチャネルを開きやすくする効果が知られている(
ivacaftorの作用機序の図)。CF治療薬については過去の呼吸臨床でも扱っており原因遺伝子の発見から治療薬の開発過程まで学べることは多く,是非参照されたい(
No.20,
No.211)。
ドイツのシャリテー – ベルリン医科大学からの報告である。CFTRというと気道や消化管に発現しているのは有名だが,血管内皮,肺胞上皮細胞,炎症細胞,血小板,平滑筋にも発現することは以前から知られてきた。研究者たちはまず,ヒト肺スライスを用いた
ex vivo培養実験で肺炎球菌を感染させてCFTRの発現低下が低下し,マウスの
in vivoモデルでも同様の現象が蛋白質とmRNAレベルで起きることや,ヒト微小血管内皮細胞を培養して,肺炎球菌の毒素であるpneumolysin(PLY)を添加したり,緑膿菌を感染させてもCFTRの発現が低下することを示している(
Fig.1:Lung infection down-regulates CFTR in human and mouse lung tissue and endothelial cells)。次にラット肺を摘出して,2種類のCFTR阻害薬CFTRinh-172,GlyH101をそれぞれ血管内に還流する実験を行って肺の重さが増加すること確認し,肺水腫の指標とした。CFTR阻害薬は血管内皮細胞内Caイオンを増加させ,肺の重量を増加させる。Caイオンを含まないバッファを肺に還流するとCFTR阻害薬を添加しても肺の重さの増加は見られなかった。Caイオンの流入を制御するL型,T型の電位感受性Caイオンチャネルをそれぞれnifedipineとmibefradilで阻害すると,CFTR阻害によって起きる肺の重量増加も血管内皮細胞内Caイオン増加も見られなくなることも確認した。
ヒト微小血管内皮細胞を用いて電気生理学的にパッチクランプ法でCFTRの機能測定も行っており,血管内皮の静止電位は-40~-75mVでClイオンの膜平衡電位は-14.4mVのため,Clイオンチャネルが開くとClイオンは流出することが述べられており,CFTR阻害すると血管内皮細胞内Clイオン濃度は増加することが示されている(Clイオンがあると消光するプローブMQAEで可視化)(
Fig.3GH:細胞内Clイオン増加によりMQAEが消光)。細胞内Clイオンによるシグナル伝達を調べるため,高浸透圧条件下におけるClイオン濃度上昇がリン酸化を阻害して活性化すると知られているWNK1に着目した。WNK1阻害薬WNK463をラット肺に還流するとCFTR阻害薬による血管内皮細胞内Caイオン濃度上昇と同じ状況が再現された。WNK1ヘテロ欠損マウスを用いた
ex vivo培養実験でもCFTR阻害薬により野生型マウス肺と比べて肺の重量が増加することを確認した。またラット肺還流モデルを用いて,血管から還流投与したCFTR阻害薬やWNK1阻害薬は肺胞液クリアランス能には影響しないこと示しながら,肺胞上皮細胞に作用している可能性は低いと述べられている。気道上皮細胞ではCFTR阻害によりVEGF-Aの産生を促進することも報告されているが,血管透過性に影響する可能性がないか調べたところ肺炎球菌ではVEGF-Aは減少しており,念のためVEGF受容体阻害も行ったところ,肺の重量増加は抑制されなかったので,その可能性も低いと考えられた。
WNK1阻害がどのようにしてCaイオンの上昇につながっているかをさらに明らかにするため,研究者たちは過去文献で関与が報告されていたTRPV4に着目した。摘出肺の還流モデルでTRPV4阻害薬HC-067047を添加するとWNK1阻害やCFTR阻害による血管内皮細胞内Caイオン濃度上昇が抑制された。TRPV4欠損マウスを用いて,肺炎球菌を感染させたところ,野生型に比べると,還流させたヒト血清アルブミンを肺胞腔内への漏出は抑制され,その他の病理所見などからも軽症(
Fig.5:Inhibition of CFTR-WNK1 signaling causes endothelial Ca2+ influx and permeability via TRPV4 in isolated perfused mouse or rat lungs)だったので,WNK1の下流ではTRPV4が血管透過性を制御している可能性が示唆された。
次にCFTRポテンシエーターとして囊胞性線維症の治療薬として用いられるivacaftorはCFTRのチャネルの開放率を高めるとされ,野生型CFTRにもある程度作用することが報告されてきた。これをin vitroとin vivoの実験で確認するため,ヒト微小血管内皮細胞にあらかじめivacaftorを添加した状態でPLYで刺激して,電気抵抗でバリア機能を測定したところ,バリア機能低下が抑制され,免疫染色ではCFTRの蛋白質発現が保たれ,Clイオンが細胞内に保持されることもわかった。マウス摘出肺の還流モデルでもPLY刺激に対して,ivacaftorの投与によって肺の重量増加が抑制される効果を確認した。
肺炎球菌感染による肺水腫の治療モデル構築に向けて,まずは野生型マウスにあらかじめivacaftorを投与しておき,肺炎球菌感染1日後から12時間ごとにivacaftorを投与する実験を行ったところ,肺の重量増加が抑制され,ヒト血清アルブミンを経静脈投与して肺胞腔内への漏出を調べる実験ではivacaftor投与で漏出が抑制され,マウスの生存にも寄与することを証明した。最後に肺炎球菌感染後6時間後からivacaftorを12時間ごとに投与する実験も行い,感染後2日後時点で肺胞腔内への蛋白質漏出が抑制され,CFTR発現が保たれ,軽症だったことが示されている(
Fig.7:Ivacaftor partially rescues barrier function, CFTR abundance, and survival in mice with
S. pneumoniae pneumonia)。
•NEJM
1)TIL療法
進行メラノーマに対する腫瘍浸潤リンパ球療法とipilimumab標準免疫療法の第3相多施設共同ランダム化比較試験(Tumor-infiltrating lymphocyte therapy or ipilimumab in advanced melanoma)
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近年期待の高まっているTIL療法については,現時点では科学的な有効性はまだ十分ではなく研究レベルの医療であることをよく認識しておく必要があるが,国内でもメラノーマに加えて子宮頸癌での研究も行われており(
リンク),治験が進めば,真に有効なTIL療法が今後登場してくるかもしれないので取り上げておく。オランダとデンマークからの報告で,TIL療法(自己組織由来の腫瘍浸潤リンパ球輸注療法)の進行メラノーマに対する第3相ランダム化比較試験の結果報告である。
進行メラノーマの治療はこの数年で大きく進歩し,現在は免疫チェックポイント阻害薬が基本となり,ニボルマブあるいはペンブロリズマブは第一選択で,イピリムマブは第二選択として治療に用いられる。予後不良が予想される場合にはニボルマブとイピリムマブの併用療法も行われることがある。しかしながらそれでも半数程度は治療効果が十分に得られないため,現在も新規治療法の開発が続けられている。メラノーマの50%にはBRAF変異があり(日本人患者では30%),変異があれば,BRAFとMEKの阻害薬による治療も高い効果が期待できるが,薬剤耐性が問題となっている。今回の腫瘍浸潤リンパ球輸注療法の第3相臨床治験では2014年9月から2022年3月にかけて計168名の患者が登録され,84例ずつTIL療法群とイピリムマブの投与群に分けられた(それぞれ4例と2例が脱落し,TIL療法群80例,イピリムマブ群82例)。多くの患者は全身化学療法の治療歴があり,62%(105例)では第一選択薬として抗PD-1療法を過去に受けていたとのことである。フォローアップ期間中間値は33カ月で,TIL療法群の投与細胞数中間値は40.9×10^9細胞,高用量IL2(60万IU/kg・回×8時間おき)の投与回数中間値は4回(プロトコルでは15回までとあるが実際には一番回数が多い症例でも10回にとどまった模様),イピリムマブ群は3回投与(中間値)だった。
効果については主要評価項目である無増悪生存期間はTIL療法群が明らかにイピリムマブ群を上回り,7.2カ月 vs 3.1カ月(ハザード比 0.5)と有意差のある結果で,6カ月時点で52.7% vs 21.4%の症例で無増悪生存状態が継続していた(
Fig.1)。完全奏功の基準を満たした患者割合はTIL群で20%,イピリムマブ群で7%だった(Fig.2,リンク)。全生存率について,TIL群で25.8カ月,イピリムマブ群で18.9カ月(ハザード比 0.83)だった。
安全性について,TIL療法群ではTIL投与前にリンパ球を除去する抗がん薬治療(シクロフォスファミドとフルダラビン)を行うためGrade3〜4の好中球減少症は必発で中間値では7日間(最大で58日間)に渡って発症した。TIL療法と大量IL2投与に伴う有害事象として,毛細血管漏出症候群(30%),自己免疫性の色素沈着低下(11%),ブドウ膜炎(8%),難聴(4%)などの症状があった(
Table 3)。
TIL療法群では治療後22日目に動脈血栓塞栓症のため死亡した1例があったが,調査により治療関連死ではないとされた。QOLについても評価されており,長期的にはTIL療法群の方がイピリムマブ群よりスコアが高かったものの嘔気嘔吐によるQOLスコアへのマイナス影響はTIL療法群の方が大きかったとのことである。
(後藤慎平)